鈴木アトリエ
トップにもどる

・・・・・Suzuki Atelier・・・・・

キャンプ

つれづれ日記

2013/11月

  <<「つれづれ日記」目次に戻る <<



uri
私達が考える
家づくり

works

about us
アトリエ地図
アトリエ案内
メール
メールはこちら
atelier555@mac.com

1日 懐かしい図面〜新建築コンペ1987・・ / 10日 久しぶりのオープンハウス・・
13日 もうひとつの大学施設のスタディがはじまりました・・ / 15日 いよいよ印刷所へ・・
16日 なかなか基礎が進まない・・ / 18日 「烏山I邸」1年点検・・
30日 極寒キャンプby 早川町(見延山)・・

・・ 懐かしい図面〜新建築コンペ1987 ・・ 11月1(金)
懐かしい図面〜新建築コンペ1987
 1987年といえば、26年前。 まだ1軒の住宅も実際の設計はした事がなかった頃。当時最も権威のある「新建築誌」の設計コンペで3等を頂いた時の図面がでてきた。

 この時の審査員は宮脇壇。住宅設計者にとって憧れのスターであり、彼の作品集を眺め、随筆を読み、いつかは自分も住宅の設計がしたいと夢見て、暇な大学院時代は設計課題を自分で作り、毎日ひとつのテーマでプランを作ってみる毎日を過ごしていたことを思い出した。例えば、6×10mのテラスハウスのような間取りの枠組みのなかで、今日は中庭を作ったプラン、明日はスキップのプラン、と同じ大きさの中で何が可かをひたすらやってみるというトレーニング。今思えばこの練習は相当ためになっているとおもう。

 このコンペの時も、したがって実家であった横須賀の小さな家を改造するならこうする。というテーマで考えたプラン。まあ、住まいにおけるモノとの関係を考え始めたのはこれが最初だったかも。
ガラスのダブルスキンを外周部につくってモノを家の表情と室内からの収納にして、自分とモノとの関係を距離を持ってみ直そう!みたいな案ですが、今思えば、お恥ずかしい限り。当時は、家の様子や近隣とのコミュニケーションなどもだんだん希薄な時代になってきた頃で、こんな家ならお互いを良く理解できるし、片付けるようにもなるだろうという甘い期待?での一作。

 ともあれ、現在、最終の校正をしている著書「片づけの解剖図鑑」の内容は、この図面からスタートした26年目の集大成?いやはや区切りかもしれません。 ようやく目処がつき12月には本屋さんに並ぶとか。


<<ページトップに戻る

・・ 久しぶりのオープンハウス ・・ 11月10(日)
「羽沢H邸」リビング
 最近は、竣工後翌日引越!といったスケジュールの現場が多かったため、事務所主催のオープンハウスは随分と久しぶりになってしまいました。

「羽沢H邸」は丘の最頂部に位置する家族3人のための住宅。
設計打ち合わせも十分に時間を掛け、コストに対しても納得するまで調整する時間がかけられたので、シンプルでありながら居心地の良い空間を作れたと思っています。ホープンハウスのHPでの告知が短かったので、参加できなかった方のためにちょっと解説をしたいと思います。

 外観はシンプルな切妻屋根の形。西向きのため窓は少し抑え気味です。レッドシダーの縦格子のところは大きな玄関ポーチ。雨がかりを防げるため建具もヒバによる木製でしつらえました。 2階の窓が並ぶ南面は大きな庇によって、雨の日でも窓を開け放しておけます。 手摺のようなバーは布団を干すためのものです。 「羽沢H邸」外観
「羽沢H邸」外観
「羽沢H邸」リビング
 リビングは建具などをちょっと凝りました。
階段はスチールをロートアイアン塗装したものです。 お子さんの転落防止のために今後数年だけ使う柵をつけています。
「羽沢H邸」階段
「羽沢H邸」浴室
 水廻りのスペースは南北に長いワンルーム。浴槽が南側。洗濯物を干しにここから庭に出ることができます。洗面スペースはアルコーブ状に出っ張っていますが、空いている所に家具や棚をこれから置いていくための余白です。少し広めにしたのは、アイロン掛けなどの作業もできるようにしたからです。 「羽沢H邸」洗面
「羽沢H邸」2F
 2階の廊下は書斎兼、ワークスペース。それぞれここで勉強したり、本を読んだり。本が傷まないように北向きの書棚です。 各部屋はサーキュレーションでぐるっと一回りできます。 真ん中にクローゼットルームを設けた配置です。 部屋の壁には若干色がついています。 コストを抑ええるために、極力家具類を作らず、シンプルでありながら「いろんな場」を作っていったプランとなっています。


<<ページトップに戻る

・・ もうひとつの大学施設のスタディが
はじまりました ・・
11月13(水)
最近は、大学の建築学科も国際的。留学生がいたりして会話は英語です。 恐ろしい。
私も大学生の時は交換留学生としてイギリスに行った経験がありますが、すでに30年経っております。すっかりと英語など忘れてしまいました。よってしゃべれるわけもなく、聞き取るのも精一杯。もっぱら准教授の先生に任せきりです。

来年度に始まる大学施設の設計は、大学院生さんたちの授業の一環で参加してもらい、敷地模型やらボリュームスタディを毎週定期的にしております。ゼミの時間は19時から始まるので、夕食も食わずに22時ごろまでディスカッションです。
その後ヘロヘロになりながら、私がその学生さんのスタディプランを持ち帰り、事務所で夜な夜な、再度チェックしながら図面に起こしたりしております。
 しかし議論の時は楽しいのですが、持ち帰ってよく見るといろんな必要な諸室が入っていない(泣)
やはり学生さんの自由な発想は良いけれど、なかなかそのまま使うというわけにはいかず、煮詰め直し。今日も徹夜になりそうです。
大学
大学模型

<<ページトップに戻る

・・ いよいよ印刷所へ ・・ 11月15(金)
片づけの解剖図鑑
12月に出版される初めての著書「片づけの解剖図鑑」最終校正が終り、 さきほど印刷所に入りました。もうこれで直せません。実は、この本を発行してくれた出版社、エクスナレッジ社との付き合いは、20代の頃からです。
 キッカケは、韓国の住居の住まい方調査を東大/鈴木成文先生らのチームと神奈川大/冨井正憲先生との共同で行った際に同行させて頂いたこと。その調査報告を兼ねた記事を毎月掲載するというのがエクスナレッジ社との初仕事でした。その掲載は最終的に一冊の本にまとまり「韓国現代住居学」という形で出版されました。 私はこの時に始めて原稿というものを書き、苦しんだ記憶があります。 その後も関係はなぜか続き、設計事務所として事務所で独立してからは、設計手法やディテール特集などの小ネタをたびたび執筆してきました。 韓国現代住居学
 そのなかでも2005年の2月号は特に思い出があります。
3人の建築家がそれぞれ40ページづつ執筆したのですが、有名な伊礼智さんが「i-works」を発表した特集であったため、その恩恵で特に売れた特集号でした。担当だった編集者はお祝いに、執筆者を神楽坂の吉村順三の設計した料亭に招いて宴会まで開いてくれたのですから、棚からボタモチとはこのことです。 私がその時書いたのは「ローコストで応用できる日常生活に即した実践的な納まり」と題した地味な内容。その特集を読んだ後輩からは「ローコストじゃできないじゃないですか!」とコメントをもらったりもしましたし、読者からの質問などが来たりとそれなりの反響はあったのです。 その後、当時の編集担当者はそのおかげ?か、出世して偉くなり、ヒット本を送り出すことのできる俊腕編集者に。その彼から再び本を書かないか?という話が舞い込んできたのが2年前です。
 少しづつスケッチを重ね、修正を繰り返してようやく出版にたどりつきました。 いやはや書店に並ぶのが怖いですね。 ともあれ、今までの設計打ち合わせ中にお客様からでてきた話しがほとんどですので、そういう意味では「設計の本」というより「人間という生き物」の解剖図鑑になったのかも・・と思います。 当初スケッチ

<<ページトップに戻る

・・ なかなか基礎が進まない ・・ 11月16(土)
「つきみ野H邸」
「つきみ野H邸」は普通の木造2階建てではなく、チョットだけ地下室があります。しかし、このチョットというのが実は曲者なのです。

 確認申請上、2階建ての木造は「4号建物」と呼ばれる建築。
審査も簡易で、構造計算も簡易計算、審査時間も掛かりません。しかし、地下室を持っていたり、3階建てになったり、構造が混構造になったりすると「3号建物」と呼ばれる建築になります。こうなると構造計算書も添付する必要があり、申請審査代も高くなり、審査時間も通常の3倍程も掛かり、中間検査の回数も増えるのでその分、検査代も掛かり、何かと手続きや諸費用がかかるのです。その面倒な道を選んでしまったのがこの住宅。

 道路と敷地との落差が1.6mという微妙な高低差。道路に平行に駐車場をつくるなら、いっそ基礎を利用して駐車場の土間レベルに小さな部屋をつくってしまおうとの提案に、お施主様も設計者もノリノリになってしまったのです。
シマッタ!
でも、モッタイナイ症候群の私は、こうした工夫がけっこう大好き。
物置にするのも良し、趣味部屋にするのもよし。さてどんな使い方になるか。
今から楽しみです。

でも現場は大変。地下室があることで工期はちっとも進まず。
その間に、玄関周りのデザインを格好良く変えたくなってしまい、図面の変更もあって混乱。年内に上棟が危ぶまれてきました。

<<ページトップに戻る

・・ 「烏山I邸」1年点検 ・・ 11月18(月)
 この「烏山I邸」、敷地は21坪。小さいけど実は2世帯住宅です。

 奥行きのある細長い敷地に出会った時、どう建てるか? 一般的には庭らしきものを南側に確保して、建物の幅をなるべく確保して、東西左右は隣地境界線ギリギリに建てる、ということになるのでしょうが、 私はそれが良いとは思えませんでした。
なぜなら、南側に庭を取ったとしても、道路から行き来する事もままならず、結局手入れしずらいだけで、孤立した隙間になってしまうと思われたからです。 京都の町家のように通り土間を設ける方法も思いつきますが、そもそも建ぺい率50%の規制がそれを許しません。
烏山I邸
そこで敷地の東側に奥まで続く通路部分を確保、それを路地に見立てて、建物を極力細く建てることにしました。

隣地との隙間が空くと、風通しも明るさも格段に改善します。 しかも外路地を通るアプローチは、長い家の真ん中に玄関を設けることができるので、階段を中心とした廊下のないプランが可能になりました。

その結果、幅3m 、奥行12m。というサイズに2世帯住宅が可能となったわけです。欠点を利点にチェンジする。設計の一番面白いところです。

烏山I邸
 それはさておき、三角屋根が強烈な印象のこの住宅。近所の子供たちの通学路にあるためか色々と噂になっています。
家にいると聴こえてくるのは「ねえねえ、、見てみて、きゅわゆい!」などといった子供やお母さんたちの通りがかりの声。

とんがりコーンのような急勾配の三角屋根。
そういえば先日行ったディズニーランドにもありました。
しかも後ろにはボリューム感のある四角い箱型が乱暴にも接続しているのです。
韓国現代住居学
ロフトがどうしても欲しかったお客様の要望がそのまま形になってしまったのですが、最初は悩みました。三角と四角がそのままつながるなんて思えなかったからです。それを解決してくれたのは意外なところからでした。

実は、ウチのスタッフが大好きな「機関車トーマス」の話しを聞いていた時に思いついた形です。「あ、これだ!円筒と四角形がくっつくなら、三角と四角がくっついても良いじゃない、、、、、、」

竣工して1年経ったので、ようやく告白できました。

<<ページトップに戻る

・・ 極寒キャンプby 早川町(見延山) ・・ 11月30(土)
早川町、極寒キャンプ
誰がこんな寒い時にキャンプをするのだ?
キャンプって夏するもんだろ!?
いつも工事を頼んでいる工務店の社長に馬鹿にされながら、行ってきました。

目的はオフロードの走行と、新しいテントの試験設営。 が、、やはり寒い!
土が霜柱で昼間も凍ってる!
カセットボンベが寒すぎて圧力が出ない!
火がつかない!
ホワイトガソリンのバーナーのポンピングが固い!

あまりの寒さにネコの麦は−7度の耐久設定のシュラフから全く出てこない。 テントの中も息が白い。寒いのでテント内でランタンを炊くと、暖かくなるものの 結露でびっしょりに。

麦 たき火は大量に端材をもらってきたけど、檜と杉じゃ、すぐに燃え尽きてしまう。 足りない。一晩持ちません。うーん、、考えないと、こりゃ死ぬわな。
雪山で遭難する怖さが少しわかりました。全員、風邪引いてしまいました。(反省)

年内もう一度チャレンジしたいのですが、 だれもつき合ってくれそうもありませんね。

<<ページトップに戻る




<<「つれづれ日記」目次に戻る<<